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二番目の嘘つき

第一話 「そして一人。」

· デートクラブ,連載小説,二番目の嘘つき,交際クラブ,森伊 薫

住職が叩く木魚とリンの音をBGMにして梨沙はただ、静かに母親の遺影の前で慣れない正座をして佇んでいた。


3日前に母親が末期のガンで亡くなった。
 

家族葬とはいえ、母親の諒子には身寄りはなく、喪主はもちろん一人娘である梨沙だった。
葬儀に集まったのは遠すぎる会ったことがあるようなないような親戚と、わざわざ手伝いに来てくれた恵里香だった。


実家住まいだから良かった。これが自宅から遠い場所なら、心にも疲労がたまっていただろう。
今はちょっとしたことでも何故か前向きに考えられるのだ。


今住職が野太い声のお経の内容を考えることなんか出来ない。

 

今梨沙は、父親の借金の残りと、自分自身の大学時代の奨学金の合計金額と、今回の諒子にかけた葬式代の計算に勤しんでいるのである。

 

母親は保険に入っていたが、死亡保険などでどれだけ今回の分が相殺されるのか…、本当なら片手に電卓を持ち、指先で丹念に計算したかった。

 

別に母親が溜め込んでいた遺産がある訳でもないし、結果家族葬ではあるが梨沙の貯金から払うことになるだろう。


葬儀は梨沙にとってため息でしかなかった。

単純に枝を揺らす風のように訪れてきた虚無感が梨沙を襲った。
真っ暗なトンネルに入り、耳が気圧でボーっとしてしまい不快感を与えてくれる。そんな表現が一番適している。

 

梨沙にとってはたった一人だけの肉親だったのにも関わらず、不思議なほど涙がでない。
水分がなく、枯れきっている涙腺を梨沙はうらんでいた。

葬式を終え、2日経過した。


葬式のあとに会社に出勤するほどきついものはない。


梨沙はあの気持ちが入らない他人からの

「大丈夫?」

が大嫌いなのだ。


食い気味で「大丈夫じゃないです。」と言いたいくらいなのである。あの気持ちが入らない言葉には嫌悪感しかない。
でも今考えるべきは

「私は1人で生きていくんだ」

という覚悟である。梨沙自身が理解している。


20年前に亡くなった父親が作り上げた借金を母親の諒子はずっと働き詰めで払い続けた。

母親はそれでも梨沙を大学にいかせる為にさらに働いていた。梨沙も母親に負担にならないようにと、バイトを掛け持ち、奨学金にも手を出していた。

涼子のガンが見つかったのは、梨沙が大学を卒業した時だった。
その時に涙を流して以来流れることはなくなった。
自分は薄情な人間なんだなと心で叫んでいても、今は仕事をしていることがなによりも気が紛れる。

久しぶりに出会ったタイムレコーダーに打刻をした瞬間、

「多田さん。」

振り返ると上司の矢部が、眉毛をハの字で梨沙を見つめていた。かすれるような声で梨沙に声をかけた。


「少しいいかな。話。」


手招きされた梨沙は、食品開発部がいつも使用する調理室に入る。
調理室にあった円卓のテーブルにそっと座る。
梨沙が窓に近いテーブルにポツンと座っていると、自販機でコーヒーを二杯買った矢部が対面に座った。

一杯の紙コップに入ったコーヒーを梨沙に差し出す。
苦味が匂いでもわかるコーヒーの入った紙コップを両手で覆った矢部は顔を上げて呟く。

 

「大変だったね。多田さん。」

 

忌引きの連絡を矢部に真っ先に入れていたので、さらに母子家庭であったことも矢部は理解していた。
今回梨沙が独り身になったことも知っていたからか、矢部は梨沙を心配していた。

 

「いえ、色々会社にはご迷惑をおかけしました。もう大丈夫なんで。いつも通りでお願いします。」

 

と梨沙は矢部に頭を深く下げた。

矢部自身上司ではあるが、梨沙を入社当初から知っていたので、感情が出てしまった。
兄貴のような気持ちでいるからこそ、過剰に自分に接してしまっているのは梨沙は気づいていた。

矢部は

 

「まず、無理はしないようにしてくれ、気持ちが追いつかないなら少し休んでも構わないんだから。」

 

とつけ離すような言葉を選んでしまったが、口調はいつも通りの優しさが感じられた。
矢部がコーヒーが入った紙コップに口をつけたと同時に梨沙は小さな声で

 

「はい。」

 

とシンプルに返事を矢部に出した。
その声はか細く、母親の死は引きずるものなんだと感じられた程の細さだった。
 

矢部に会釈をして、商品開発部の自分のデスクにつくやいなや、同期の2人が声をかけてきた。
加賀屋瀬奈と飛田将人である。

2人は同期入社であれ、もう気心が知れているので、梨沙が「大丈夫?」という言葉が嫌いなのは十分わかっていた。

今年の正月に3人で瀬奈宅に過ごしていた。


箱根駅伝の中継を3人で見ていた時に梨沙が言い放った言葉を覚えているからだ。

「あんなに頑張って選手が走ってるのに、声援が『頑張れ!頑張れ!』って酷な話だよね。本人は頑張ってるはずなのに、鬼だよ鬼。」

2人はギョッとした目で梨沙を見たのは間違いがない。
価値観が少しズレていたのかもしれない。
そこは梨沙もわかっている。私は少し卑屈なんだと。

瀬奈が一言
「4日振りだし、梨沙出勤しておいて…実はもう帰りたいんでしょ?」
といきなりのジャブ。

梨沙は目を輝かせて、にっこりと笑みを浮かべながら
「ばれた?」
と悪知恵を思いついた子供のように瀬奈に返す。

将人は周りを見渡してから小声で梨沙に
「ね、多田さん、あのさ。いない間2人で仕事してたわけ。酒くらい奢れないの?」
と、肉親を亡くした相手に対しての言葉では到底考えられない話をする。

ただ、梨沙にとっては2人の言葉心地よく、それでいて気遣いの気持ちもないことに感動を覚えていた。

仕事を終えると携帯を見ると5分前に着信があった。


恵里香である。

大学時代からの付き合いであり、恵里香とはバイトも一緒だった。

恵里香は今回諒子が亡くなった際、色々と手助けをしてくれた。親友である梨沙が困っているならと思い、色々し尽くしてくれたのである。


恵里香は片親で育ったのもあり、梨沙の気持ちを理解していた。


諒子とも面識があり、今回亡くなったときに実の娘の梨沙よりも涙を流していたほどである。

今回の葬儀を担当した住職も、喪主が恵里香だと思ったほどである。

恵里香は今回の香典を15万出した。
梨沙は香典をみた時に驚きを隠せなかった。

それは恵里香が無職だからだ。

無職のはずの恵里香が、なぜか香典で15万を入れていたのである。

梨沙は恵里香にラインした。


「ねぇ、恵里香これはまずいよ。」


梨沙は香典があまりにも多く感じたため、恵里香に問いただしたが、受付てもらえなかったのである。

無職のはずの恵里香が、なぜこんな大金を持っているのか?貯金だとしても、そこまでの義理は必要なのかと疑ってしまうほどである。

葬式が終わってから初めて会う恵里香からの着信に梨沙が3コールは待ってしまっていた。

「梨沙?お疲れ様。ねぇ今日時間ある?」

「あるけど、どうしたの?」

「元気かどうか確かめたいから、今日ご飯食べない?」

この前の香典もあるし、しっかり話して香典は返そうと思い、食事の誘いに乗った。

「大丈夫だよ。どこ行けばいい?」

「じゃあ西麻布にある「10カラット」っと店あるから。そこに来て。あ、そうそう梨沙に会わせたい人がいるから。その人も連れてくね!」

恵里香は意味深な言葉を発したやいなや、電話を切った。


梨沙はますますよく分からない恵里香に疑問を浮かべながら、西麻布までの乗り換えを確認をして、改札口に入っていった。
 

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